社内の健康促進をしました(第32回四万十川ウルトラマラソン)
社内の健康促進の一環として、代表取締役の森が2026年10月18日(日)に高知県四万十市で開催された「第32回四万十川ウルトラマラソン」100kmの部に出場し、完走いたしました。
弊社では今後も、スタッフが健やかに働ける環境づくりに取り組んでまいります。
- グロス:13時間58分27秒
- ネットタイム(参考):13時間57分08秒
- 完走率:71.7%
社内の健康促進の一環として、代表取締役の森が2026年10月18日(日)に高知県四万十市で開催された「第32回四万十川ウルトラマラソン」100kmの部に出場し、完走いたしました。
弊社では今後も、スタッフが健やかに働ける環境づくりに取り組んでまいります。
2026年6月17日、日本赤十字社京都府支部へ寄付し、同年9月に賞状をいただきました。
また、同年6月には当社代表が日本赤十字社の救急法基礎講習を受講しました。
今後も、事業活動だけでなく、身近なところから社会に貢献できる取り組みを続けてまいります。
寄付額:10万円
2023/8/25-8/28のこと。
朝、静岡駅から電車に乗って吉原駅へ。そこから住宅街を歩いてスタート地点の富士塚を通り過ぎ、海抜0mの証として海面タッチをするために海に面した砂山公園へ向かった。砂山公園までは順調に辿り着いたものの、海に降りる道が見つからない。波止場に釣人がいるので降りられるはずなのに…。少し行った先から回ってくるのか?と思って「富士と港の見える公園」まで行ったが砂浜がなく余計に降りられる雰囲気ではない。結局、海沿いに歩いて砂山公園まで戻り、人に聞いてなんとか海面へ到着。防波堤の西側から下りるだけなのだが、単に防波堤でその道が見えなかっただけだった。いきなり20分ロスして少し焦る。
テトラポットの隙間から確かに海面タッチをして、小さいボトルに少し海水を汲んだ。実はGPSで確認すると海抜4mになるが、これ以上は進めないので仕方がない。これが8:30頃のこと。
防波堤の上から見える富士山。こうしてみるとかなり遠いなと思う。大変そうだが山小屋も予約取ってるし行くしか無い。
公式なスタート地点は「ふじのくに田子の浦みなと公園」「富士塚」の2箇所あり、どちらからのスタートでも良い。今回は歴史が詰まってそうな(詳しくは知らない)「富士塚」をスタート地点にした。
住宅街にポツンと「富士塚」がある。青いボックスにチェックポイントの台紙とスタンプ、ガイドマップが入っている。アプリでもスタンプを集められるので、ログ厨な僕は紙とアプリの両方を押した。
鳥居を潜って進むと塚がある。残念ながら雲がかかっているが、富士山山頂が少しだけ見える。冒険のスタート地点としては申し分ない雰囲気である。安全に家に帰れるようにお祈りをしスタート。
本日1日目が1番距離が長い日だが登山道にはまだ入らない。住宅地~山麓のキャンプ場までひたすら27.2kmのアスファルトの予定なので、靴は登山靴ではなくランニングシューズを履いている。事前に調べた時は登山靴だけの人、トレイルランニング用シューズだけの人などそれぞれ居た。
イメージした感じでは、登山靴だと固くて長いアスファルトがキツそうだ。トレイルランニング用シューズだと防水性がないので登山道に入って、しかも3,000mを超える環境で雨に打たれた時に危険そう。それにせいぜい1,000mくらいの山しかトレイルランニング用シューズで登った事がないので、いきなり実践投入は舐めプそのものなのでしたくない。
手作りワラーチ、もしくはKEENのニューポート(つまりサンダル)と登山靴の組わせも考えたが、重いザックを背負った状態でクッションのないサンダルで歩くのも経験がないため却下となった。よって履き慣れたアスファルト面での機能に特化したランニングシューズと2日目以降用として登山靴の2足持ちで挑むことにした。1日目は登山靴は38Lザックの中に押し込んでいるので、かなりザックの容量を圧迫している。
ルートを見失わないよう、この様に道路標識が貼ってある。ガイドマップの地図を見なくても迷わない。
レトロな商店街を抜ける。
駅を超えた当たりから平坦なところがなくなり、登り坂がずっと続く。異常気象が当たり前になっている昨今、真夏の日差しに長時間晒されるのは命の危機を感じるほどである。十分気をつけて水分補給と塩分補給をしていたが、コンビニで昼休憩した時に予想よりも疲れている感じがした。暑さからか食欲もあまりなかったが、なんとか掻き込み水も補給した。コンビニの冷房のベールに包まれた無敵状態で外に出るが、一瞬で冷房ベールは外気温に攫われた。
同じくルート3776に挑戦中らしき人たちとすれ違うようになってきた。
第2チェックポイントの「よもぎ湯」。温泉もあるそうだが、余分な着替えなど無いのでスタンプを押すためだけに寄ってすぐ出発した。
ルート確認にはYAMAPを使用しているが、ルート3776は距離が長いため、4つのマップに分かれていて4つDLして要所要所で表示マップを切り替える必要がある。丁度マップ1の終点が近づいた頃にマップ2がDLできていない(いつの間にか消えていた)事に気が付き、その場でDLを試みるが電波が弱すぎてDLできない。これではルートのGPSログが取れないのでは?とログ厨の僕は焦った。しかし一向にDLできないし途中でDLが中断してしまう。時間もあまり余裕がないためログ厨の僕を殺し、諦めてそのまま進み、また電波が入ったタイミングでDLすることにした。結果、あとからマップをDLしてもログは反映してくれて事なきを得た。とりあえずYAMAPを停止さえしなければ大丈夫なようだ。
NINOMARU-villageに到着。暑さから水の消費量が思いのほか多く水切れの心配をしていたが、NINOMARU-villageに自販機があったので助かった。ここがPICA表富士までのコースで最終水場である。
とにかく水切れの事しか考えてなかったので、このNINOMARU-villageに楽しみにしていたポイントの一つ、富士山の雪解け水を飲むという事をすっかり忘れてしまっていて、水を自販機で補給したらすぐに出発してしまった。30分くらいしてからその事に気が付いたが、今日の行程は時間にあまり余裕がないため、後ろ髪引かれる思いだが諦めざるを得なかった。ここには近いうちに再訪したい。
22kmを過ぎたあたりで雨が降ってきた。足がザックの重さでかなり疲れている上、上の写真の避けようのない水たまり(しかも深い)でグッショリと完全に濡れてしまった。マップで確認するとこの直線を折り返せば本日の宿泊地であるPICA表富士に到着するはずなのだが、一向に直線の終点が見えない。延々直線。
一向に雨が止まないまま16:20頃にPICA表富士に到着。
施設に入る手前にチェックポイントがある。スマホの電波が殆ど入らず、アプリ版のスタンプは押せなかった。
Route3776という、挑戦者向けのキャビンが今日の宿泊地。4人相部屋でなぜか鍵は1つを共有する。またゴミは持ち帰ってくれと案内されたが、2Lペットボトルの水をプレゼントされた上、部屋に分別された立派なゴミ箱が設置されていたため諸々のゴミは捨てさせてもらった。システムが良くわからないキャビンである。
先に外国人の人がチェックインしているとのことで、やや緊張しつつ入ったが、最後まで彼と話すことは無かったが、その後到着した人たちとは色々話した。やはり皆、10周年記念デザインのピンバッヂを楽しみにしているようだった。しかしルート3776の公式サイトを確認すると「10周年記念デザインピンバッヂ在庫残り僅か」の記事が投稿されており、在庫が無くなったら貰えるのは通常デザインとのこと。一抹の不安が過る。既にシーズン終了に近い時期なので、間に合うか気が気じゃなくなってきた。というか追加発注してくれないのかい?
シューズも靴下もビチャビチャに濡れたが、この靴下はこのキャビンで捨てるし、シューズは明日からは乾いた登山靴を使用するので問題ない。むしろ濡れたシューズをザックに入れてあと数日移動しないといけないのでカビないかが心配だ。
キャンプ場なので、キャビンの周りはキャンプ客がそれぞれのテントで焚き火をしながらゆったりとした時間を過ごしている。京都だとこんな雰囲気のキャンプ場も無いので良いなぁと思った。
昼までは暑さで水切れの心配をしていたのに、今は濡れて寒くて暖を取りたい。チャチャッとシャワーを済ませてリフレッシュ。
水もある。
晩飯はアルファ化米にフリーズドライの親子丼。キャビンの受付でビールを買ってきてチビチビやって、20時には布団に入った。キャビンでは電波が入ったので、光が漏れないように頭から布団を被って、スマホをポチポチしてDLできていなかった2日目以降のマップをDLした。
めちゃくちゃ疲れているのに、体が火照ってなかなか寝付けない。外は雨が振り続けてジメジメとしたキャビンの中で「明日も頑張れるだろうか?」「頑張るしかなくない?」などと考える。この日の感想は「家に帰って寝たい」だった。
2023/8/25-8/28のこと。
富士山登山は五合目までバスで行ってそこから登り始めるのが一般的だが、駿河湾(海抜0m)からスタートし富士山山頂の3,776mまで自らの足だけで42kmを歩く、ルート3776というものがある。海抜0mからのスタートなのでゼロフジ(0富士)なんて呼ばれることもある。このような海抜0mからの登山はルート3776が特殊ということではなく、SEA TO SUMMITといわれる登り方とされている。登山をする際のスタート地点である登山口が海抜0mではあることはないので、例え3,000m峰に登ったとしても駐車場やロープウェイ駅のある登山口が2,000mだったならそれは本当にその山を登りきった事になるのか?山を丸ごと登り切るには海抜0mからのスタートが真の登山と言えるのでは…といった考え方である。
このSEA TO SUMMITという概念を知ったのが2022年秋頃だった。富士山は富士市でルート3776をプッシュしているのもあり、挑戦してみたくなった。しかし富士山のシーズンは短く、登山道が開通している期間は7月上旬から9月上旬までであり、残念ながら興味を持った頃にはもう山小屋が閉まる頃だった。仕方がないので来年2023年に向けてスケジュールを考えることにした。
2022年冬はハーフマラソンを走り、2023年3月にはびわ湖マラソンで初のフルマラソンを完走して体力的には人生で一番付いている自信があった。その後もランニングは継続して体力維持に努めた。ルート3776ではチェックポイントにあるスタンプを集めて挑戦達成後に富士市 交流観光課に送付すると証明証とピンバッジが貰えるのだが、2023年は富士山が世界遺産登録10周年であり、2023年に限って10周年限定デザインのピンバッジが貰えるとの発表がなされ、俄然やる気が出てきた。
公式では3泊4日での山行を推奨しているが、「行政」が「安全」に登れる事を考慮しての予定なんじゃない?と思い、マラソン完走の自信もあったことから2泊3日での計画にした。ネット検索してみても、2泊3日で登っている記事が多数あったため、記事を読み込みながらイメージを固めていった。宿泊ポイントが限られるため、山行日数でほぼ宿泊する施設が自ずと決まるので、以下のブログを参考にさせてもらった(というかなぞった)。ちなみに1度の山行ではなく、複数回に分けて挑戦しても証明書とピンバッヂは貰える。
2023年夏前になると開山日のチェック、公式の混雑予想カレンダーを見て日程を決定し、宿泊施設と新幹線の予約など諸々済ませた。あとは荷物の選定と天候を祈るだけだ。
今回、新幹線での移動になるので、いつものように車に荷物を置いておく事ができないため服装には悩んだ。もう捨てようかと思っていたボロい服を来て行って、ホテルで捨てて無駄な荷物を減らすようにしたが、下山後に温泉に入ってから新幹線に乗る事を考えると、ずっと最後の最後まで使用しない着替えを背負っていかないと駄目で、夏山で山小屋泊なのに荷物はパンパンだ。しかしこの文章を書きながら思ったが、帰路の着替えは下山後にコンビニで買えば良かったと気がついた。
8/25(金)はザックを背負って出社し、就業後にラフな格好に着替えてそのまま新幹線に乗って静岡駅へ。スタートの最寄り駅の吉原駅まではまだ1時間くらい少し先なのだけど、ホテルが取りやすかったのと、新幹線1本で行けたので静岡駅のホテルにした。駅前の繁華街をザックを背負ってホテルへ直行し、コンビニで朝食を買ってすぐ就寝した。少し緊張している。
小荒島岳・前荒島岳・中荒島岳・荒島岳・深谷ノ頭 / もろみさんの荒島岳・小荒島岳の活動データ | YAMAP / ヤマップ
2023/07/23のこと。日本百名山の荒島岳に登ったときの話。あんまり覚えてないので軽めに書く。
前日土曜日に車で福井県の道の駅「越前おおの 荒島の郷」で車中泊。風呂と夕飯はあっ宝んどで済ませた。
車の窓を網戸にして大きめのモバイル扇風機に当たれば、なんとか寝ることができた。窓を開けているのでアイドリングをしてクーラーをつけている他の車や、あとから続々乗り入れてくる車のエンジン音で何度か目が覚めた。夜中トイレに行くと汚いオジサンが居て、自分もこう見られてるんだろうかと思って、車中泊はあまり褒められたもんじゃないなと思った。
翌朝、中出コース登山口へ移動。道の駅からは10分以内で到着とかなりアクセスが良い。最後に細いアスファルトの道を進むと広い駐車場とトイレがある。湧き水もあって整備されている。
中出コースは鬱蒼と茂っていて、暑いし人もあまりいなかった。
荒島岳手前の小荒島岳に到着。ここまでくればもう少し?

小荒島岳からの展望が良かった。ずっと遠くまで見渡すことができる。写真だけ撮ってすぐ出発した。
中出コースともう一つのコース、勝原コースとの分岐点。なかなか稜線にでず樹林帯が続く。
荒島岳に到着。
ガスがかかっているものの、ラーメンを作って食べていると地上が見え隠れする。田んぼが見えて人里にすごく近い事がわかる。この日はトータルで水を3.5L消費することになったが、山頂は凄く涼しくて気持ちよかった。
まだ体力があったので、勝原コースの途中にある深谷ノ頭まで足を伸ばしてみたが、特に何もなかった。YAMAP上で深谷ノ頭を通過したことを確認したら、また分岐まで戻って中出コースの駐車場へ下山。
駐車場にあった足湯ならぬ足水。気温は高いのに湧き水が我慢できないくらい冷たかった。
下山後、少し遠いけど伊自良温泉へ足を伸ばしてみたところ、ランチの営業時間終わってた。温泉には入れたが腹が減っている。
荒島岳バッヂが欲しくて帰路とは全く逆方向というか、勝原コースすぐ近くにある道の駅九頭竜へ。他にも販売されている場所はあったが、観光地っぽい気がしたので避けた。しかしここでも地元野菜を売っているような小さい売店かファミリーマートしか空いておらず、小さい売店で舞茸弁当とおはぎを買って食べた。外にしかベンチがないので非常に暑い。バッヂもゲットした。
近くに九頭竜ダムがあったので寄ってみたが、特にダム好きでもなかったので5分くらいで帰った。
荒島岳は登りやすく、山頂からは町並み(田んぼ)が一望できるのですぐ下山できそうな安心感があった。厳つい名前とは裏腹にすごく登りやすい山だった。
岡山県奈義町で行われたNagi Peaks Tough Trail Challenge 2023(通称:那岐ピークス)のミドルコース(32km)の部に参加した。
左足のお尻と大腿直筋の痛みがあり、やや引いたと思ってランニングするとまたぶり返うを繰り返しており、前日になっても痛みは引かず、左足を引きずるようにして歩いていた。走っている内に治りそうな感じもあるので、明日良くなってる可能性もあるので欠場はせずとりあえず向かうことにした。
今回、エントリーしたのが遅く、集合場所の奈義中央公園津山市の近くの宿泊施設は埋まってしまっていた。車まで30分ほど離れた津山市にはホテルが沢山あるようだが、朝起きれるかどうかが心配だったため、ポツンと一軒だけある作州武蔵温泉 ホテル作州武蔵に宿泊した。周りは田んぼに囲まれているゴルフ場もついているホテルだった。因みに岡山での宿泊は初めて。
部屋は昭和レトロな感じで好きな感じ。喫煙可の部屋しか取れなかったのだけど、特に臭いもなくていい感じ。それに窓から那岐山が見える。
夕飯は地元のものが食べたいと思って宿泊時に付けていなかったので、フロントで聞いてみたところ、ホテル周辺にはレストランは無いので20分くらいに車を走らせないといけないとの事。しかし明日は早起きしないといけないので、寝る時間を削ってまで遠くまで行きたくはない。一応Google Mapで調べると、車で5分くらいのところにお好み焼き屋があったので向かった。なんだ、あるじゃん。
こっちも閉まってた。
更に車を走らせ、三度目の正直でようやくご飯屋さんに入る事ができた。料理を待っている間、なんか見た事あるなぁと感じてボンヤリ記憶を辿っていると、何年か前にドライブで友達と岡山に来た時に立ち寄った店だった。
前日は準備をして22時くらいに就寝し、5時すぎに起床できた。
アドレナリンが出ているのだろうか、前日まで痛かったお尻の痛みが奇跡的に引いているし、緊張で下しがちなお腹の調子もまあまあ。普段の練習ではテーピングは貼らないので(痛みがあればそもそも練習中止)、ネットで調べて見様見真似で太ももとお尻にテーピングを貼った。時間は余裕をもったつもりだったが、準備している内にギリギリの時間になってしまった。どうして朝の時間は過ぎるのが早いのだろう。
車でスタート会場の那岐中央公園へ。朝起きた時は息が白くなるくらい寒かったが、次第に気温も上がってきたので、ロンTか半袖か迷ってTシャツにしておいて良かった。後ろに見える那岐山が思ってたより遥かに大きくて感動したのと同時に、あれを走るのか…と少し不安になる。レース前は周りが全員、百戦錬磨の屈強なランナーに見えて仕方ない。雰囲気に飲まれてペースを乱されないように、マイペースに頑張ろう。
ラジオDJのノリノリな司会進行でスタート!直後は緩い登り基調のロードが4kmほど。水だけで2.5L背負っているのもあり、どんどん抜かされていくが気にしない。高低差のある那岐山まではペース抑えめにして、それ以降はなるべくスピードを出して走り切る予定だ。しかし意外とこのロードが長く、登りがキツい箇所もあったので、トレイルに入る前からこの調子で大丈夫かな、と少々不安になっていた。
今回、水は効率よく体内に吸収するため、すべて経口補水液パウダーを混ぜておいた。それをハイドレーション 2L、ソフトフラスコ 500mlに入れている。先日、練習で比良山を走った際に、4Lも水を消費してしまったので、自分なりの水切れ対策である。
ようやくトレイルに入ったところ。気持ち良い道だ。登りの傾斜も練習で走った比良山に比べると緩め。
工事中の道を走ったがとても見晴らしが良かったので手を広げて走った。
第1エイド。ザックの中のハイドレーションはまだ半分くらいありそうだったので補給せず(出して仕舞うのが大変)、500mlのボトルにだけ水を補給してすぐに出発。
飛び込みたいがレース中である。
次第に視界が開けてきて、那岐山山頂へ到着。
アフロのカツラを被ったスタッフの方に撮影してもらった。
レース前の下調べで、前回大会のレポを読んでいたのだけど、その日はガスってて景色が全然見えなかったと書いてあった。そのため那岐山にはどんな景色が待っているんだろうなと思っていた時にこの稜線が現れた。この稜線を見た時は凄い開放感で「ヤバイヤバイスゲースゲー」しか言ってなかったと思う。とにかくめちゃくちゃ綺麗だった。
稜線に出たり森に入ったりしながら次のエイドを目指す。この区間が結構長くて、登りも急にキツくなり次第に足も疲れが溜まってきて、ところどころ立ち止まらないと進めないくらいだった。那岐山までは余裕だな〜、と思っていたのが情けない。こういう時は同じペースの人と「ここキツいっすね〜」なんて言いながら進むしか無い。
行動食は取っていたが、第2エイドに着く頃にはお腹がペコペコになっていた。エイドが遠かったのもあって、水の残量もギリギリで結構焦る。とにかくカロリーを接種したかったところ、いい感じの和菓子があったのでボランティアのおばちゃんと話しながら3つ食べた。食べ終わってからテーブルの前に「1人1個」と書いてあるのに気がついてしまった。誠にごめんなさい。その場で言ってほしかったが、注意し辛いよね。今度から気をつけよう。
因みにおばちゃんが言っていたのだけど、この食べすぎてしまった和菓子は「旬菓匠くらや」のもの。旬菓匠くらやはB’z稲葉さんの兄が経営する和菓子店だそうだ。
エイドを出発すると最後の登り。エイドで多少体力が回復したかと思ったが、そうでもなく、足はめちゃくちゃ重い。立ち止まりながらもなんとか登り切り、あとは下ってロードを数キロ走ればゴールということろまできた。その安堵感からか倒木を飛び越えて着地の際に右足をグネってしまった。
グネった瞬間、別に木の枝を踏んだわけでも無いのに「バキッ!」と聞こえて、それが足首から聞こえた音だと気がついた瞬間はかなり焦った。立ち止まって息を整えつつ足首を回してみると、派手にグネった衝撃的な痛みはあるものの、靭帯的な痛みは無くまだ走れそうだったので、テーピングは持っているがまだ巻かなかった。集中力も切れて来ているので、とにかく足元に注意して下っていこうと思い先を急ぐ。次第に傾斜がキツくなっていくが、踏ん張っても痛みはなさそうで良かったーーーー。というタイミングでまた「グキッ!」とやってしまった。
2度目のグネりは1度目のような音はなかったものの、かなり痛みがあった。これは流石にアカンなと判断してその場に座り込んでテーピングで足首を固めた。足首にテーピングを巻くのは初めてで、携帯していた説明書を見ながら巻いた。巻いている内に後続のランナーに抜かれていくが仕方ない。「大丈夫ですか?」と声を掛けてもらって「あはは大丈夫です〜」なんて答えていたが、初めて山で怪我をして座り込んでいるので、少し焦っていたと思う。巻いている内に痛みは引いてきたので、そこまで大事ではないと自分に言い聞かして再スタート。
テーピング効果か、グラグラしていた足首が安定し、下りで何名か抜き返して最後のロードに到着した時は、下山できた事にホッとした。
ボランティアでもない、地元の農作業をされている方々からも声援を送ってもらって嬉しかった。残り3,4キロのため、最後のエイドは寄らず、写真のような風景の道を走る。ゴールは小高い丘の上にあるので、ゴールまでの1kmくらは登り基調。元気なら走れるくらいの坂道がいやらしく続く。それでも前を走る選手がいると意地でも抜かしたくて、パワーウォークと走りの繰り返し。ゼェハァゼェハァ言いながらゴールのある公園に入った時は嬉しかった。
ゴール!怪我をしたものの32km走り切る事ができた。
ゴールして手荷物を受け取っていると、丁度表彰式が行われていて、下家悟選手など雑誌やテレビで見たことある選手を見れてラッキーだった。今大会ではゲストランナーとして山本健一さん(通称ヤマケンさん)が参加されていて、表彰式で贈呈する役をされていたので、表彰式が終わるのを待って、わざわざ持ってきていたDVDにサインしてもらった。「気楽に楽しく走るのが良いですよ」と仰っていたのが印象的だった。ヤマケンさんは表彰式後、すぐに帰宅されたので本当にタイミングが良かった。ありがとうございました!
その後、駐車場まで戻るバスを待っている間、話しかけてきたオジサンと話していると、なんとUTMBの100mile完走された方だった。その人が言うには今回の那岐ピークスはかなりキツめのコースなので、完走できたのであれば、他のレースならもっと距離はしれるよ、的なことを言われてなんだか自信になった。なおバスは時刻表も無くて30分くらい待った。
駐車場に降り立つと、足首が急に痛みだし、引きずるようにしか歩けなくなった。一歩ごとに痛む。ゴール地点なら救護があったのにタイミングが悪い。
とりあえず全身から塩が吹き出ているので温泉に入りたい。途中で薬局で固定用のテーピング購入し湯郷 鷺温泉館へ。何も調べずに鷺温泉館にきたが、この辺りは温泉街のようで、静かで良い雰囲気だった。湯船の中で恐る恐る足首を回してみるが、やっぱり痛い。パンパンには腫れていないので、骨折では無さそうだけど。
入浴後にテーピングを巻いてガッチリ固定してから、すぐ隣にあった小正寿司さんへ行ってみた。熟年夫婦に挟まれてカウンターに座り、左隣の夫婦の会話を聞きながら寿司を食う。どうやらカウンターに座っている夫婦は毎年来ているらしい。大将は職人さんって感じの小難しいような第一印象だったが、注文を聞いてくれる時はクシャッとした笑顔を見せる可愛い大将だった。そして寿司が全部美味い。
たらふく食べたら、眠くならない内に運転して京都へ帰る。途中のSAでトイレに行った時は、捻挫じゃなくて骨折かも?と思うくらい痛みが酷く、2,3歩歩いて痛みが引くのを待ってからまた歩くといった具合。不幸中の幸いで車の運転の動作では痛みはなかったので、なんとか23時頃に実家に到着し、FIAT500に乗り換えて京都市内の自宅まで帰宅した。
翌日は登山用のストックをつきながら出社した。段差でどうしても痛むので辛かった。今にして思うと、捻挫したのだから直ぐにアイシングしないといけなかったのに、逆に温泉で温めてしまった事で、余計悪化してしまったのだと思うが、気づくのがかなり遅い。
この痛みは2週間ほどでランニング出来るまでに回復したが、この記事を書いている1ヶ月立った今でも、外側に伸ばすとまだ突っ張る感じが残っている。これからトレランをする際は捻挫予防のテーピングを巻いてから走るようにしようと思う。
5/13のこと。
西日本では一番有名?なトレイルランレースである、比叡山 International Trail Run(23kmの部)に参加した。これが初トレイルランレースである。参加理由は近いから。
練習で履いていたHOKA ONE ONEのChallengerというシューズは、ロードとトレイル兼用シューズなのだが、そのシューズのソールが練習で欠けてしまっていた。剥がれている部分を接着剤で直し、欠けてしまった部分をシューグーで補修して一度トレイルを走ってみたところ、少し削れてしまっているようだったので、念のためレース直前にシューズを新調することになった。
石井スポーツで相談しながら買ったのは、SALOMONのULTRA GLIDE 2で、完全にトレイル用。黒と白しかカラーバリエーションが無かったので、黒は重いかと思い白にした。ソールが削れるのが嫌で、レース当日まで散歩で一度試し履きしただけだった。
コースは昨年のコースを試走した。なぜ今年のコースの試走ではないのかというと、配布されているGPXデータから、YAMAPで登山計画を作成する方法がわからなかったからだ。23kmだからロードの感覚ならすぐの距離だけど、登山の感覚ではだいぶ距離があるので、登山計画書無しで入山は怖かったのだ。後に色々試してから、GPXデータから登山計画書の作成はYAMAPではできなくはないが、ヤマレコなら普通にできる、ということがわかった。
レースは比叡山延暦寺からスタートするので、自宅からは比較的近い。時間に余裕を持って準備をしていたのだが、朝から腹の調子が悪く、トレイに籠もってウダウダしていたら、スタート時間に間に合うか間に合わないかの時間になってしまった。一応出し切った感じはあるので、車を走らせてギリギリで延暦寺に到着。もう境内は他のランナーでごった返していた。
荷物を預けて準備運動をしてギリギリセーフ。雨が降りそうな天候の中、遠慮がちに後方からスタートした。
スタート直後の境内は走っては行けないので、暫く歩くエリアである。ここでレジェンドの鏑木毅さんがハイタッチをしていたので、漏れずに自分もしてもらった。
境内を抜けたと思ったらすぐに階段で渋滞。暫くこの渋滞ゾーンが続くので、少しヤキモキ。渋滞ゾーンから抜けてようやく走り出すと、自分だけ抜け出て前も後ろも誰も居ない状態になった。前半部分は試走しているので、一番急登の横高山まではセーブしつつ行こうと決めてマイペースに走った。ストッパを飲んだので腹の調子も大丈夫そう。試走で走った横高山への上り直前に第1エイドがあったので、空腹を感じる前に補給しておかねばとバナナを1本分食べた。
急登の横高山を登り切った時点で試走の時より体力も残っている。これは行けるなと思いセッセと走ったり歩いたり。普段は一人で走っているもんだから、自分が速いのか遅いのかすら分からなかったが、登りで結構抜かすことができた。意外と登りに強いのか?
横高山から水井山を通過し、仰木峠を抜けたあたりでパッと視界が開けて琵琶湖が見渡せる。スマホのカメラレンズが汗で曇ってしまって靄がかかったような写真になってしまった。
第2エイド到着。
配布されているおにぎりを食べたかったのに、コーラをコップに入れてしまって変な組み合わせになってしまったが、おにぎりは美味しかった。コーラは他の選手も良く飲んでいたのだけど、自分にはレース中はコーラは甘すぎてやっぱりスポーツドリンクの方が合っているかなと思った(甘いからこそエネルギー補給になるのだけど)。あと炭酸があるのでグイッと飲めない。
第2エイド以降は試走していないエリアもあるので、どんな感じだろうかと思いつつ農道を走る。緩やかに続く下り坂の最後が折り返し地点&第3エイドになっていて、和太鼓の演奏があった。で、今まさに下ってきた農道を今度は登り返すのだけど、ギリギリ走れない斜度なので歩く。結構疲れが溜まってきていて、歩いていても息が上がる。
農道が終わったらまた入山して登り返す(多分500mほど)。
第4エイド到着。ここも試走した場所で、試走の時よりは体力が残っている感じはあるのは、エイドで補給できるのが体力的にも精神的にもかなり大きいと思う。
このエイドからまた延々と下り(折角登ったのに!)、後はゴールまで登り返すだけ(これから下るのにまた登るのぉ!?)。
登り返すだけと言っても、この最後の登りが一番キツイのである。ハアハアゼエゼエとこんなに長時間息を切らした事無いというくらい、立ち止まらずに400m程を登り切り、境内に帰ってきた。
なんとかゴール!やりきったー!という気持ち。
レース中、タイムは全然見てなかったのだが、4時間2秒と書かれた記録証を貰った瞬間、何とも言えない気持ちになった。完走できて嬉しいけどあと3秒早ければサブ4だったのにぃ。
レース自体は僕が出場した23km、50km、50mile(80km)の3部門あるが、23kmでもう脚が残っていない僕には、その上の部門はまだまだ想像が出来ないレベル。レベチである。会場の実況で23kmを走った人は来年くらいには頑張れば50kmは行けるかもしれないレベルだけど、50mileは50km走れてから更に2年は掛かるよ、という話をしていた。マジレベチ。
今回、水はザックに2Lと前面のソフトフラスコに500mlで挑んだが、結局ザックの2Lからは補給せずに500mlのボトルにエイドで補給するので事足りた。つまり2kg無駄に水を運んでいたので、その分がなかったらもっと早かったかもしれないし、朝腹を下さなかったら更に調子は上がっていたかもしれない。そんな事をブツブツ考えながら、荷物置き場の建物にある温泉で汗を流す。
風呂から上がって着替えをしていてようやく気がついた。着替えのパンツを忘れている。 仕方なくレースで履いていたパンツを履く。臭いのである。
びわ湖マラソンでも思った事だが、エイドで地元の人がサポートしてくれているのがとても有り難かった。レースをテレビで見ていた時は、「レースなんだからエイドがあって当たり前でしょ」くらいに思っていたが、実際、エイドやスタッフの方々が居ない事には成り立たない事が身にしみてわかった。自然と「ありがとう」と言えるようにもなった。もういい歳なのでそんな事は言えて当たり前なのだが、僕は今までなぜかできなかった。それが次第にできるようになっている。走れる距離が伸びた事よりも、そっちの方が得たものとして当然大きい。
びわ湖マラソンでは、とにかく自分との戦いだったが、今回は前にゼッケンを付けた人が走っていると、キツくても抜かしたくなり、抜かせると気持ち嬉しかった。あ〜とにかく腹が減った!
ULTRA-TRAIL Mt.FUJI(旧UTMF)など、大きなレースに出る場合、ITRAポイントを持っていないと出場権が得られない。ITRAポイントというのはITRAが認定したレースに付与されるポイントの事で、今回出場した比叡山 International Trail Run 2023(23km)ではITRAポイントが1。
…のハズだったのだが、経験が浅いランナーが多くなってきている等の理由で、エイドを多く設けた事で予定よりもITRAポイントが全部門で下がったようである。23kmはポイント1から0になってしまったが、楽しかったのでヨシ!
<script src=”https://yamap.com/widget.js”></script>大比叡・横高山・水井山・小野山 / もろみさんの活動データ | YAMAP / ヤマップ
03/12のこと。
持久走は嫌いだったのに、びわ湖マラソンで初フルマラソンを走った。千葉アクアラインマラソンでハーフを走る遥か前の7月にエントリーしていて、走らざるを得ない状況を強制的に作っていたのだ。当時の気持ちはあまり覚えていないが、10kmを走れるようになったタイミングで、「やればできるっぽい」という気持ちがあったことは思えている。
僕にとってランニングは健康維持はもちろんだが、本やネットの情報を元に、自分の体で実験・検証をする行為でもあった。体育の授業で走る持久走は、理屈を教えてもらった記憶がないが、社会人で自分のペースで走って検証できるようになると、自分の体の事がわかった気になって面白いのだと思う。
11月のハーフマラソン後はふくらはぎの痛みが中々とれず、完全に違和感がなくなったのはびわ湖マラソンを終えてからだった。そんな状態だとどうしても練習ができない不安感が襲ってくるのだが、できるのはせいぜいストレッチくらいで体を休めるしか無い。下半身の怪我は治りにくいというのを体感として理解した。
徐々に練習ができるようになってくると、本番に近い距離を走るようになっていく。元が長距離は不得意とあって中々スピードは出せないので黙々とキロ7:10くらいで走るのだが、練習で30kmを超えて走ると、4時間以上掛かってしまうため、週末土日のどちらかは1日ランニングで潰れる生活になった。30kmの壁と言って、30km以降はどんな練習をした人でもキツくなるらしいのだが、僕の場合、23km付近に壁があった。この壁は本番までには乗り越えられなかった。
そうはいっても本番までに走りまくれば怪我をするので、本番間近になるとコンディショニングが必要になってくる。2,3週間前からは練習強度を落として体力を維持する必要があるのだ。そのため最後まで全力で根を詰めて練習はできず、練習スケジュールの組み立ての大事さを知った。
もう一点、服装が難しかった。真冬の練習では手袋をはめるのだが、途中暑くて手袋を半分脱がした状態で走っていた。しかしこれはブサイクなので色々探してみた結果、指が切られている手袋のモンベル サーマテック パームウォーマーがとても良かったので、同じような暑がりの人は試してみてほしい。逆に指先だけの手袋があっても良いかも。ただレース当日は暑くて半袖だった。
当日。テンションが上がる曲だけのプレイリストの用意もバッチリ。少し尿意があるがトイレが混雑しているので我慢してスタートした。それ以外は心身ともに上々。
びわ湖マラソンは琵琶湖の周りを走る。もともと琵琶湖沿いにあるトイレが利用できるため各トイレの間隔が短く、また混雑もしていなかった。1度立ち寄ったトイレは誰も居なくて感動した。以前ならやらなかっただろうが、また沿道での声援にも手を振り返してみたりして、少し変われた気がした。実際、どんな応援でも嬉しい。
予定ではキロ7:20で走り、30km地点から最高速度になる作戦。最初は「こんなにペースを落とさなくても大丈夫だけどな」と軽快に走っていたののだが、やはり練習通り23km地点くらいから急に足が重たくなった。それでも止まらず給水や給食も走って補給した。トイレや混雑で仕方ない場合を除き、絶対に止まらずに完走するというのが今回の目標なのだ。温存されていた体力があるかもしれないので、30km地点で念の為ペースアップしてスパートを掛けてみたが、そんな温存されている体力は1, 2kmくらいで途絶えてしまった。特に尻が張って限界が来ていた。こうなると後はただの我慢大会である。
なんとなく覚えているのが37km地点。あと5kmだけどあと5kmもある。普段ならめちゃくちゃ短いけど今なら死ぬほど長い距離。歩いてしまいたい。周りも歩いている。しかし歩いてしまうと自分を嫌いになってしまうと強く思って気力で走る。やってきた練習は絶対間違ってない。
妻がゴールまであと100mくらいの場所で撮影した写真。妻に気づくも引きつった顔しかできなかったし、ずーっと顔は険しかったと思う。
5時間15分36秒(ネットタイム:5時間05分14秒)
なんとか歩かずにゴール!計測のライン?が3本くらいあって、どこが確実なゴールなんだ?と思いながらのゴールだった。ゴール直後は立ち止まりたいのに、足が勝手に前に進んで変な感じ。
ゴールしても多分、めちゃくちゃ感動する感じでは無いんだろうなと予想していたが全くその通りで、5時間以上も走り続けた少しの達成感と疲労感だけで一杯で、それ以外の感情は特になかった。フルマラソンを走った事を人に話すと大体凄い!と驚いてくれるので、体力に少しは自信は付いたかな。
1,2週間はもうフルは良いや…と思っていたのだけど体力が回復してくると、不思議なものでもう一度出し切ってみたいという気持ちになっている。次はサブ5がイケる気がするのだ。不思議だな、持久走なんて嫌いだったのに。
まだ10kmを走れるようになる前に買ったと思うのがこの本。走ると膝が痛くなってしまう原因を探していた際に出会い、見事にこの本のおかげで膝痛はなくなった。体が固いと言うことは、全く伸縮性のない服を来て走っているようなもので、動きの妨げになり地面からの衝撃もダイレクトにダメージとして蓄積されやすくなってしまう。
たまたま本屋で見かけて買った本。走るの嫌いというマイナススタートから徐々に体力が付いて走るのが楽しくなり、ハーフマラソンに挑戦する漫画で、等身大の内容に共感する場面多数。この本を読んでハーフマラソンに挑戦することにした。
ランニングをしてる人は大体この本を読んでるイメージ。名著BURN TO RUN。僕には翻訳と文章構成が読みづらく、またかなり長くて集中力を要した。僕は読了後、ワラーチを自作して走り始めた。
故・小出監督の著書ということもあり購入(マラソン監督は小出監督しか知らない)。レベル別に書かれており、初心者からサブ4(4時間切り)までの人向けの内容。
『知識ゼロからのフルマラソン入門 (幻冬舎単行本)』がイラストありの本だったが、こちらはその内容を更に詳細にしたもの。フルマラソンの練習は殆どこの本のメニュー通りに行った。
膝、ふくらはぎ、足首などなど、色々な部分をこれまで痛めてきたため、回復にフォーカスした本をと思って買った。
01/09のこと。
厳冬期の伊吹山へ登った。
思えば一昨年に雪山の伊吹山に興味を持ったものの、ネット上に投稿された写真を見るととんでもない急登を登っている写真ばかりで、自分が登れるイメージが全く出来ないでいた。それが昨年から雪山に通い始め少しずつ登山レベルも上がったのか、今年は「イケる気がする」ので行った次第である。
8,9合目あたりの急登は、10歩進んでゼェハァゼェハァ…また10歩進んでゼェハァ…となるくらいの斜度だった。あまりにも暑くて手袋無しでピッケルを握っていた。そうして登った所は樹氷やスノーモンスターのいる別世界が広がっていた。心配していた急登は1度無雪期に登っているのもあってか、さほど恐怖心は感じなかった。多くの人が登っていてコンディションも良かったので、しっかり踏み固められた階段が出来上がっていたのも大きい。
山頂に到着。
風を凌げそうな物陰で昼食をとったが、次第に人が少なくなってきたのと、寒さで急に心細くなり食べ終わってすぐ下山を開始した。
今度は急登を下る。モフモフとした雪を踏みながら下るので、ピッケルよりストックが良いかなと交換した直後、ズルっと滑って尻もちをついたと思ったらそのまま滑ってしまった。仰向けに滑り始め、これは止まら無さそうだと思って急いでうつ伏せになり、必死で指で斜面を掴むようにしてなんとか停止。5m程滑落してしまった。周りに人が居なくて巻き込まなかったのが不幸中の幸いだ。急いで再度ピッケルに持ち直して慎重に下山した。
色々反省すべき点がある山行となった。
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2023/01/03のこと。
厳冬期・武奈ヶ岳に登った。
坊村ルートでスタート地点は2度。街だと寒すぎ!となる気温だけど、登山となるとちょっと暖かいかな、という気温。
御殿山を過ぎて稜線に出たあたり。ずーっとこんな調子で吹き荒れているのでゴーグルをした。
今季から導入したパタゴニアのトリオレットジャケット(厳冬期用ハードシェル)。とモンベルのライトアルパインパンツを装備してみたところ、レインジャケットとは比べ物にならないくらい安心感があった。例えるなら嵐の中、レインジャケットはテントの中にいる感じでトリオレットジャケットは車の中にいる感じ。寒さも感じにくいし守られている感じが凄まじい。登山は装備をケチってはいけないというのを今までで一番感じた瞬間だった。
特にライトアルパインパンツはサイドのファスナーで完全にサイドが開くので、靴を脱がなくても履くことができる。
ワカンを履いていないのでかなり足が埋まるがそれも楽しい。昨シーズンはこの上りで息苦しくなって危なかったのをよく覚えている。その時と同じ場所のはずなのに、雪の影響か景色が違う場所のよう感じた。しかしよくよく考えてみると、それって地形を読みきれてないって事になるのかな。

登頂したものの今回も展望なし。昨シーズンは息切れしすぎて少し体調が悪くなっての登頂だったが、今回はスムーズに登ることが出来た。これはきっとランニングの成果だ。
ここでワカンを装着して下山開始。
少し下るとガスが取れてきてシャッターチャンスが巡ってきた。こうなると中々足が前に進まない。
御殿山で昼食をとってそそくさと下山。雪山で食べるカップヌードルより美味いものは無いんじゃないだろうか。
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2022/12/25のこと。
雪が積もったのでホッケ山に登った。昨年の反省を経て、厳冬期用ハードシェルも用意した。
風が吹くと寒いのでベースレイヤー+厳冬期用ハードシェルを着た場合、登っていると暑い。しかし厳冬期用ハードシェルを脱いでベースレイヤーだけになると、降雪や斜面の雪に触れると雪が付いて濡れてしまう。後にどうすれば良かったのかと考えたところ、厳冬期用ハードシェルとは別にレインジャケットも持ってきて、レインジャケット+ベースレイヤーで登るのが丁度良い事がわかった。どうしても標高があがったり風が強くなると寒いので、そうなったらレインジャケットを厳冬期用ハードシェルに変更すると良い。
昨シーズンも登ったホッケ山。展望全くなし。
権現山まで戻ってきて昼食にしている内に、雪が降り出して開けっ放しにしていたザックに雪入ってしまって反省。厳冬期はどんな場所で食事をとるのが良いんだろうか。まだ答えは見つかっていない。
導入した一眼レフを入れたパーゴワークスのFOCUS。雪くらいなら全然問題なく、重さもさほど感じず使いやすかった。
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2022/11/06のこと。
登山でもっと楽に登りたいと思ってランニングを週2日くらいするようになり、確か半年くらいかかったが10kmを走れるようになった時はかなり嬉しかった。学生時代は持久走が何よりも嫌いで、常に最後から2番目くらいだったのが、走り終わった時の達成感を餌に嫌々ながらも一人頑張ったのだ。学生の頃の授業では感じなかったコツコツと積み上げる事、体をどう動かすと良いのか、怪我をするのは何が原因なのか、一つ一つ自分の検証する事が出来たのが面白かったのだと思う。この辺りのことは別の記事で書きたいと思う。
そして10km走れるようになったのを機に、思い切ってハーフマラソンにエントリーしてみたのである。本当は5月に第3回大阪淀川ハーフマラソン10マイルの部(=16km)に出走予定だったが、コロナに罹ってしまって参加できなかった。今回は近場を走るより旅先で走りたいと思って、千葉アクアラインマラソンにエントリーした。
関連記事:我が家にコロナがやってきた
こういった経緯でハーフマラン21kmに挑戦する運びとなった。のだが…、レースが迫った直前の10/23に武奈ヶ岳へ登山でふくらはぎを痛めたようである。
<script src=”https://yamap.com/widget.js”></script>武奈ヶ岳・コヤマノ岳 / 馬上から失礼しますさんの活動データ | YAMAP / ヤマップ
登山翌日は足を引きずるレベルで痛かったのだけど、次第に和らいできたのでランニングを再開したところ、翌日はやはりふくらはぎが痛む。とはいえ直前に練習ができないのは不安で仕方なく、和らいでは少し走り繰り返し、完治こそしなかったが走っている内に痛みが無くなる状態になった(翌日は多少痛む)。ただ練習では信号待ちこそあれど、21kmは何度か走りきれているのでまあまあ自信がある状態でレースに臨んだ。
前日11/5(土)に木更津入りした。木更津といえば「木更津キャッツアイ」というフレーズしか知らないが見たことは無い。
京都から寄り道せずに木更津入りしたというのに、散歩している内に夕飯時になっていた。前日は生物は控えた方が良いとの事だったが、海が目の前にあるし居酒屋くらいしか空いてないしで、結局海鮮定食を夕飯にした。
レース当日。一番の心配事であったレース中に腹痛に見舞われたらどうしよう…という不安は、なんとかホテルで捻り出す事ができたのでクリア。後はふくらはぎを信じて走り切るだけである。
かなり後ろの方からのスタートでいつの間にか開始したっぽいぞ?次第にみんな走り出してるぞ?という感じで思っていたよりヌルっとした感じでレースはスタートした。めちゃくちゃ人が多くて自分のペースを守るのが難しい。写真のとおり人を抜かすには縫うように走らなければならないのだけど、そうするとどうしても無駄な疲労が溜まってしまう。ランニング本には5km地点くらいにはバラけると書いてあったが、このレースではアクアラインを走るため道幅が限られており、混雑状況は最後まで変わらなかった。
目標タイムは設定していなかったが、自分の中で「挑戦」という位置づけでエントリーしていたため、なんとか出し切りたい思いがあった。あと8km…あと7km…と表示が出てきたタイミングでスパートを掛けたものの、やはり人が多くて縫うように追い抜くしか無く、蛇行するので自然と距離が伸びる。
息も絶え絶え、なんとか出し切って完走する事ができた。これを書いている今にして思えば本当に何様なんだと思うことだけど、レース中は楽しそうに走っている人に正直イライラしていた。レースなんだから出し切ろうよ、と。当時はなぜかそれくらい自分を追い詰めながら走っていたようだ。
レース後、昼飯代わりのプロテインバーを頬張りながらすぐに新宿へ移動。トレイルランナーでチームイーストウィンドのメンバーでもある所幸子さんのレース報告会へ参加するのである。
※写真は承諾を得ています。
送迎バスの時間だなんだで、かなり徒歩&遠回りしなければならず、時間がかかってしまい1時間ほど遅刻してしまったが、直接話しを聞くことが叶って嬉しかった。今回の報告会はMEGA RACEという1,001kmレースの報告会。レースは残念ながら天候悪化で途中終了してしまったのだけど、それでも車の運転でもしんどい1,001kmを走る挑戦をされた所さんを間近で見れたのはとても刺激になった。
2時間35分56秒(ネットタイム:2時間24分22秒)